授業で伝えた言葉は、その時間の中では確かに届いていても、授業が終われば少しずつ薄れていきます。
だから私は、理科の解説を教室の中だけに置かず、必要な人が必要なときに戻れる形で残したいと考えるようになりました。
理科の解説を、教室の中だけに置いておきたくなかった
解説動画を作り始めた最初のきっかけを、格好よく言い換えるつもりはありません。算数で動画解説に取り組み、それを多くの人へ届けた先生を見たことが出発点の一つでした。
「自分の解説も、教室の外へ広げられるのではないか」。そう考えたのが始まりです。
ただ、実際に作り始めると、単に動画を増やすことよりも大切な意味が見えてきました。理科は専門の先生の数が多いとはいえず、算数などと兼任しながら教えられることもあります。そのため、答えにはたどり着けても、次の問題にどうつながるのかまで説明された解説に出会えない子もいます。
ならば、自分が授業で積み重ねてきた考え方を、出し惜しみせず残しておこうと思いました。
子どもだけでなく、保護者や先生にも見てほしい
動画の主な視聴者は子どもです。しかし、私は保護者や指導に携わる先生が見ることも想定しています。
理科の問題は、答えだけを示せば解説になるわけではありません。「どこを見るのか」「何と何をつなげるのか」「条件をどう整理するのか」を伝えて初めて、別の問題にも使える学びになります。
これは、私が木ノ下FIVEとして整理している、見る・認識する・つなげる・整理する・解く、という思考の流れにも通じます。
一つの問題を解くためだけでなく、その次の一問を自分で考えるための解説を残したいのです。
授業で「わかった」はずなのに、なぜ解けないのか
授業中には理解していたのに、家へ帰ると解けない。同じ問題ならできても、見た目が少し変わると手が止まる。これは現場で何度も見てきたつまずきです。
原因の一つは、説明の中で「何が重要で、何が補助なのか」という強弱をつけられていないことです。
その日に初めて学ぶ考え方はしっかり押さえる。一方で、それ以外の部分は既習知識を呼び戻して完成させる。ところが、重要な一点と周辺知識が同じ重さで記憶されると、問題の姿が変わったときに再現できません。
動画では、どこを核として持ち帰るのか、その核を既習知識とどう結びつけるのかを意識して言葉にしています。
授業は、理解する時間であると同時に、再現する準備の時間でもある
授業中に「わかった」と感じることは大切です。しかし、入試で必要なのは、初めて見る形の中から使える知識を選び、自分で解き方を再現することです。
だから私は、解法を見せるだけでなく、「なぜここに注目したのか」「どの知識を呼び戻したのか」「次に似た問題が出たら何を目印にするのか」まで残します。
理解した瞬間を、その場限りの納得で終わらせず、再現可能な形へ変える。それが解説の役割だと考えています。
動画には、対面授業ではできないことがある
対面授業は、その子の表情や手の動きを見ながら、ヒントを出す位置を変えられます。一方、動画は一人ひとりに合わせて途中から説明を組み替えることはできません。
その代わり、動画には何度でも戻れる強さがあります。止める、巻き戻す、必要な部分だけを見直す。授業では聞き逃した一言も、自分の速度で確かめられます。
教室の外でも解説へ戻れることは、理解を再現へ変えるための大きな支えになります。
動画には、対面授業ほど一人ひとりに合わせられない弱さもある
動画解説にはジレンマもあります。ある問題を解くための前提がそろっている子には丁寧すぎ、まだ前提が身についていない子には説明が飛んで見えることがあります。
対面なら「ここから戻ろう」「この知識を先に確認しよう」と提案できますが、一本の動画ですべての段階に合わせるのは簡単ではありません。
だから今後は、同じテーマでも到達段階に応じた解説を用意し、動画と個別の伴走を組み合わせることも必要だと考えています。動画の弱さを認めたうえで、より届く形へ更新していきます。
大量の動画をつくることは、苦労ではなかった
短期間に多くの動画を作ったときには、「大変そうですね」と言われました。
けれど、私自身は問題を解き、解き方を比べ、より伝わる順序を考えることが好きです。数を作ることそのものより、「この説明なら次の一問でも使えるか」と考えることに面白さを感じます。
動画を作ることは、授業とは別の仕事ではありません。日々の授業で見つけたつまずきを整理し直し、次の授業や教材へ戻すための教材研究でもあります。
出し惜しみせずに公開する
良い解き方を自分の教室だけに閉じておくより、必要としている人へ届く形で公開した方がよい。私はそう考えています。
すべての子に同じ説明が合うわけではありません。それでも、見る場所がわからず止まっている子、家庭で復習の手がかりを探している保護者、理科の教え方を考えている先生にとって、一つでも次へ進む材料になれば意味があります。
解説を公開することは、完成品を並べることではなく、現場から得たものを社会へ返し、また現場で磨き直す循環だと思っています。
「ここへ来れば、何とかなる」という場所をつくりたい
目指しているのは、中学受験理科で困ったときに、「まず木ノ下のページを見てみよう」と思ってもらえる場所です。
過去問の解説、単元ごとの学び方、問題を見る視点、家庭での復習、そして一人では整理しきれないときの理科の伴走。それらがばらばらに存在するのではなく、必要な解決策へたどり着ける入口をつくりたいと考えています。
授業は、その場で消えていきます。けれど、そこで生まれた気づきや考え方は、残すことができます。
教室で伝えた一言を、次の一問につながる形で残し続ける。それが、私が理科の解説動画を作り続ける理由です。


