中学受験理科専門講師、木ノ下翔です。
中学受験が終わると、
「受験で覚えた理科の知識は、その後も役に立つのでしょうか」
と聞かれることがあります。
植物の分類。
水溶液の性質。
月の満ち欠け。
てこや滑車の計算。
入試が終われば、細かな知識の一部は忘れるかもしれません。
私は、それ自体を大きな問題だとは思っていません。
人は使わない知識を忘れます。
必要になれば、もう一度調べればよいものもあります。
しかし、中学受験理科で身につけた考え方まで、受験終了と同時に不要になるわけではありません。
中学受験理科は、中学・高校で学ぶ理科と切り離された特殊な科目ではないからです。
中学受験理科は、現実を単純にしたモデルです
中学受験理科では、複雑な自然現象を小学生でも考えられる形まで単純にします。
たとえば、てこの問題では、棒の重さや支点の摩擦を考えないことがあります。
電気回路では、導線や電流計の抵抗を細かく扱わないことがあります。
熱の問題でも、外へ逃げる熱を考えずに計算することがあります。
現実には、棒にも重さがあります。
摩擦もあります。
導線にも抵抗があります。
熱も完全には閉じ込められません。
しかし、最初からすべてを考えると、何が本質なのかが分からなくなります。
そこで、まず一部の条件を取り除き、現象の中心にある関係を見ます。
私は中学受験理科を、現実を理解するために、極限まで分かりやすくした最初のモデルだと考えています。
単純化は、現実を無視することではありません
「実際にはもっと複雑なのだから、小学生向けの説明は正確ではない」
と思う方がいるかもしれません。
しかし、単純化することと、間違ったことを教えることは同じではありません。
複雑な現象を理解するとき、人はまず重要な要素だけを取り出します。
そのモデルで基本的な関係を理解する。
次に、取り除いていた条件を一つずつ戻す。
どの条件を加えると、結果がどのように変わるのかを考える。
これは理科だけでなく、さまざまな場面で使われる考え方です。
すべての条件を一度に扱うのではなく、
「まず何を残し、何をいったん無視するのか」
を決める。
中学受験理科では、その最初の練習をしています。
中学・高校理科では、現実の条件を加えていきます
中学や高校へ進むと、小学生のときに単純化していた現象へ、さらに多くの要素を加えていきます。
物質の変化は、粒子や原子・分子の考え方を使って説明します。
電気では、電流だけでなく電圧や抵抗の関係を詳しく扱います。
力の問題では、複数の力の向きや大きさを、より正確に考えます。
生物では、生き物の特徴を覚えるだけでなく、細胞や遺伝、生態系の仕組みへ進みます。
小学校で学んだことを捨てて、まったく別の理科を始めるわけではありません。
小学生のときに作った単純なモデルへ、新しい要素や説明を加えていきます。
中学・高校理科は、中学受験理科を否定するものではなく、その続きをより精密に学ぶものです。
小学生のときに基本的な関係を理解していれば、後から新しい条件を加えやすくなります。
「公式を忘れたら終わり」ではありません
受験勉強では、公式や解法を覚える場面があります。
それ自体は必要です。
しかし、公式を覚えるだけの学習には弱点があります。
公式を忘れると、何もできなくなる。
問題の形を変えられると、どの公式を使うのか分からなくなる。
中学や高校で記号が増えると、別の内容に見えてしまう。
だから私は、公式を教えるときも、
「どの量と、どの量が関係しているのか」
を考えます。
一方を2倍にすると、もう一方はどうなるのか。
何を同じ条件として比べているのか。
どの条件を変え、どの条件を変えていないのか。
関係そのものを理解していれば、公式の表現が変わっても対応できます。
細かな解法を忘れても、考え直すための土台が残ります。
初見問題で使う力は、その後にも残ります
中学受験理科では、見たことのない実験や題材を使った問題が出ます。
そのような問題では、知識を思い出すだけでは解けません。
何が書かれているかを見る。
図や表が何を表しているかを認識する。
既に知っていることとつなげる。
条件を整理する。
結果を予測する。
実験結果と予測を比べる。
この流れは、中学受験が終わった後にも使います。
中学・高校の実験でも使います。
大学で研究するときにも使います。
大人になって、新しい情報の正しさを判断するときにも使います。
すぐに答えを探すのではなく、
「この情報から、何が言えるのか」
「まだ分からないことは何か」
を分けて考える。
この姿勢は、12歳で賞味期限が切れるものではありません。
仮説を立て、結果と比べる
理科では、まだ答えが分からない状態で予測することがあります。
この条件を変えたら、どうなるだろう。
もしこの考え方が正しいなら、どのような結果になるだろう。
まず仮説を立てる。
実験や観察の結果を見る。
予測と同じだったのか、違ったのかを確認する。
違っていれば、仮説や条件を見直す。
これは単に正解を当てる作業ではありません。
間違った予測にも意味があります。
なぜ予測と違ったのかを考えることで、見落としていた条件が分かるからです。
受験勉強では、どうしても正解か不正解かに意識が向きます。
しかし本来の理科では、
予測と結果のずれから、次に何を考えるか
が重要です。
事実と推測を分ける力も身につきます
理科の問題では、
「実験結果から確実に言えること」
と、
「結果から考えられそうなこと」
を区別しなければなりません。
一つの実験だけで断定できるのか。
別の条件でも同じ結果になるのか。
比較する対象は適切なのか。
変えた条件は本当に一つだけなのか。
こうした確認をせずに結論を出すと、考察を誤ります。
これは実験問題だけの話ではありません。
数字やグラフを見たとき。
ニュースで科学的な主張を見たとき。
健康や環境に関する情報を見たとき。
何が事実で、どこからが解釈なのかを区別する必要があります。
中学受験理科の実験考察は、その基礎的な練習にもなっています。
暗記事項をすべて覚え続ける必要はありません
私は、中学受験で覚えたことを、一生すべて忘れてはいけないとは考えていません。
入試で必要だった細かな名称や数字を忘れることはあります。
使わなければ忘れるのが普通です。
必要なときに調べ直せばよい知識もあります。
ただし、
「分からなければ調べる」
「複雑なら条件を整理する」
「既に知っていることとつなげる」
「予測と結果を比べる」
「事実と推測を分ける」
という考え方は残してほしい。
覚えた知識の量だけでなく、分からないものに出会ったとき、どう考え始めるかが重要だからです。
受験のために学び、その先にも残す
もちろん、中学受験には合格という目標があります。
私は受験指導をしているので、点数を取るために必要なことは教えます。
覚えるべきことは覚える。
典型問題は速く解けるようにする。
過去問を分析する。
取る問題と深追いしない問題を判断する。
そこを曖昧にはしません。
しかし、受験で点を取ることと、その後にも残る学びをつくることは両立できます。
現象の理由を考える。
条件を整理する。
仮説を立てる。
結果を見て考え直す。
知らない問題を、知っている形まで単純にする。
これらは入試でも得点につながり、その後の理科学習にもつながります。
中学受験理科は、12歳で終わる科目ではありません。
中学受験で学んだ理科は、より複雑な世界を理解するための最初のモデルです。
そのモデルを持って、中学、高校、その先の学びへ進んでほしいと思っています。
中学受験理科専門講師
木ノ下 翔


